上武大学

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2010/4/5
平成22年度入学式が行われました
 平成22年度の入学式が4月5日(月)高崎キャンパス三俣記念館にて行われ、ビジネス情報学部、経営情報学部、看護学部、大学院合わせて537名の新入生を迎えました。
告辞を述べる鈴木学長 新入生による宣誓
入学式の様子 吹奏楽部による校歌演奏
   
   
鈴木守学長からの告辞
告  辞
 上武大学のビジネス情報学部、経営情報学部、看護学部に入学された496名の皆さん、そして4年間の大学生活を終え、さらに大学院修士課程に進学を果たされた41名の皆さん、保護者、ご家族の皆様、誠におめでとうございます。入学式の場を借りて心よりお祝いを申しあげます。また、新入生の入学を祝うため、ご多忙のところご臨席をいただいておりますご来賓の皆様に心より御礼申しあげます。新しく大学に進学された新入生の皆さんは、さまざまな思いと感慨をもって本日、上武大学生として大学の中に第一歩を踏み入れたことと思います。新入生の皆さんの中には、入学決定の連絡を受けて思わず電話口で泣いてしまった人もいます。情報の分析を学び、将来ジャーナリストになりたいという明白な目的を持って入学した人もいます。これから互いに心を引き締めて上武大学での勉学、学生生活が社会にでてから生涯の原点となるように思いと力を尽くし合っていきましょう。今日から始まる大学生活は、今までの皆さんが過ごしてきた小学校、中学校、高等学校と何が違うのでしょうか。入学に際してこれを考えてみたいと思います。大学は、中世のヨーロッパで設立されましたが、その時から「大学の自治」が確固とした理念として今まで貫かれてきました。自治を許された大学の中には自由が許されています。では、どうして大学には特別に自由が許され、それはどんな自由であるのか、皆さんの学生生活とどのような関係があるのかを考えてみましょう。
以前私は、新入生に神谷美恵子さんの著書「生きがいについて」を紹介し、小論文を書いて貰ったことがありました。神谷美恵子さんはすでに故人となられた優れた思索家ですが、精神科医でもあります。神谷さんは、ある重い慢性病のため退院することが出来ない患者さんが収容されている療養所で仕事をした経験をその著書の中で述べています。「そこでは多くの患者さんが未来に対して目標も希望もなく、ただ無為に日々をすごしている様子に衝撃を受けた。しかし、その一方で、生き甲斐感を漲らせて日々喜びをもって入院生活を送っている少数の人々もいる」私は神谷美恵子さんのこの文章を引用して、一方において絶望的な生き方をする患者さんがいる、その一方で喜びと希望に満ちた日々を送っている患者さんもいる。同じ環境の中でこのような生き方の差はどうしてできてしまうのかという問いかけを学生に対して試みました。その結果「結局は気の持ちよう」という言い古された既成概念を書いた学生が多かったことに大きな失望を覚えました。 高校までの授業は常に正解はなにか、という事だけに思考過程が向けられてきたために、既成概念を探し出してそこに自分の答えを入れ込んで正解とすることがこのような答えとしてあらわれたものと思われました。しかし、それではどこに若さがあるというのか。いままでの既成概念を越え、自分自身の考えを自分で見出すこと、少なくとも見出そうと試みてみること、これが学生にはどうしても必要なことなのであります。なぜなら大学を卒業し社会に出ると、正解のない世界を生きていかなければならないからであります
最近、ある製造会社から本学の卒業生に求人の要請がありました。話を聞いてみると、理科系学部の卒業生は、専門分野の思考からどうしても脱却できないでいるため、視野が狭く未来を考えた思い切った企画に考えが及ばない。これでは会社の未来がないから、上武大学のビジネス情報学部、あるいは経営情報学部を卒業した人材の採用を考えているのだということでありました。将来大学で専攻した領域を離れたところで、皆さんの実力が問われる局面は必ずあることでしょう。その時にこそ、若い感受性に満ちた学生時代に自由な環境で四年間を過ごしたことの意味がわかるはずであります。大学生活は正にそのために人生にとってなくてはならない四年間なのであります。しかし、ここで私の申し上げている自由とは奔放気ままな自由ではなく、未来の自分、未来の社会をつくりあげるために必要な真剣勝負の世界での「自由」なのであります。さらに未来を創生していくためには、自由に加えて青年時代に最も活性化する豊かな感受性、物に感動する心も養われなければなりません。
大学に入ると高校と違い、授業も自分で自由に選択して組み立て、先生方の授業を受けることになりますが、いきなりそうした授業形態をつきつけられて、「さあ、自由に自分の好きな学科を選択しなさい」と言われても、皆さんは困ってしまうことでしょう。皆さんが困らないために先生方がおります。生きた生身の先生が皆さんにいつでも助言をしてくれます。今七百以上もある日本の大学の中には、コンピューターでのインターネットによる授業だけを進める大学として最近認可された大学もあります。しかし私はそれでは、十分な大学の教育、ないし学生生活は成り立ちにくいのではないか、ましてや大学の自由について考えていくことなどはできないのではないかと考えております。大学は、生身の先生と学生との共同作業によって作られるはずだからです。幸い上武大学は学生と教授をはじめとする教員、事務職員との交わりが密な大学であります。学生との対話セミナー、教養セミナー、専門セミナーなど少人数の学生が直接先生と向かいあって対話を進めながら行う授業が本学の特徴です。入学式がおわると直ちに入学生全員が草津に宿泊し、先生方からこれからの学習のガイダンスをうけることになっていますが、その時に、どのように授業を選択していったらよいのか、という具体的な指導を受けることができます。草津に合宿して温泉に入り、同じ室に宿泊した新入生同士が卒業まで、あるいは卒業後も親しい友人関係を続けているという事実も伺っています。
上武大学の建学の精神は「雑草精神(あらくさだましい)」であります。これは、まことに単純明快な理念であるが、また深い理念でもあります。単に踏まれても踏まれても力強く生きていくという一般的な解釈で思考をやめることなく、在学の期間を使って「雑草精神」は自分にとっていかなる意味がある言葉であるかを常に考え、その考えを深めていって貰いたいと念願します。今私は、大学における自由について話をいたしました。雑草精神にこめられた大学の自由とはなにか、結びにこれを申します。箱庭に閉じ込められて育った花や木、植木鉢の中で育った花や木は、そこを出たら枯れてしまうので、雑草のもつ自由はない。雑草には、風が吹き、雨が降り、太陽が照りつけ、凍て付く大地で思い切り生きている姿がみられるではありませんか。雑草のように、しっかり大地に根をおろして初めて成立する生きた自由を上武大学において自ら身につけて各自が未来を生き抜く新しい考えを力強く作り上げていくことを祈念し、入学に際しての告辞といたします。
平成22年4月5日
上武大学長  鈴 木  守
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