上武大学ならではの就職支援のための授業、
企業経営者が学生に語りかける有意義な時間
ビジネス情報学部で2年次に開講されるトップ・マネジメント講話は、大学近隣の優良企業の経営責任者を招いて話を伺う授業です。講師の方々の経営哲学や成功の秘訣、自身の勉学への取り組み方、会社を選ぶ動機付けなどテーマはさまざま。学生たちが自分の将来設計を立てるための指針を示してくれる講義として、毎年高い評価を得ています。 関心を持つことのできる企業に出会えたり、学修上のヒントを得ることができれば、これから進む専門課程において、体系的な学修を進めることが可能になりますし、何よりも興味を持って取り組む姿勢が学習意欲を旺盛にしてくれます。
作家であり、島根県立大学名誉教授としても活躍する豊田有恒氏。大学在学中にアニメ「エイトマン」のシナリオを手がけたことで、手塚治虫氏にその手腕を買われ「虫プロダクション」に契約社員として入社。「鉄腕アトム」をはじめとしたアニメのオリジナルシナリオを執筆。20数本を担当し、中でも「イルカ文明の巻」はアニメ史上空前の42%の高視聴率を記録した。
日本のアニメは平面的(2D)なものが多く、アメリカのディズニーなどは3Dアニメが主流である。日本のアニメは世界でもトップであったが、今後、3次元化が進むと、2Dが主流の日本のアニメは終焉を迎える可能性もある。そこがいちばんのネックである。
豊田氏は、自ら手塚治虫氏に自分のシナリオを見せアニメ化を依頼。「自分より才能のあるすごい人の懐に飛び込むことが良い、すごい人の下にいれば、おのずと良さや技術が見えてくる」と話す。
1979年、企業内ベンチャーで創業したルネサンスは、当時ヨーロッパでは生活をエンジョイする場が整備されていたことに注目し、インドアテニススクールを手始めに、事業の多角化図りスイミングプールやジムなど会員制のレジャー施設を展開した。創業にあたって、企業内ベンチャーという形を選択したのは、リスクを最大限少なくするためであった。失敗しても借金を背負うことがないと思ったからである。また、テニスブームで会員数は増えたが、テニス1本に絞るのではなく多角化を図った。ブームに乗りすぎるとビジネスは危ないからである。
少子高齢化が進む今後は、フィットネス産業がさらに成長するためには「健康」をキーワードに、快適なライフスタイルを提案することである。
「大学のサークル活動もビジネスにつながることがある。大学発ベンチャーなども考えてみたらどうか」と斎藤会長は話す。
例年、優秀な製造業社と優れた研究書や研究論文数冊を表彰する、製造業のノーベル賞といわれるShingo Prizeを受賞した3人目の日本人である日野三十四氏。高校時代は350人中325番と成績も良くなかったが、家庭教師の「バカモン!自分が行きたいところを目指せ」の言葉で一念発起し、猛勉強の末、東北大学工学部へ進学。内燃機関の成績は学年で常に一番、最初から回転しているロータリーエンジンを知りそのまま東洋工業(現マツダ)に入社。研究・開発の傍らトヨタ自動車に勝つために、トヨタのビジネス・プロセス・ベンチマーキングを開始し、その後長年トヨタの経営管理方式を研究する。2000年、それまでの知的財産を自己の強みと確信しマツダを退職。2002年に「トヨタ経営システムの研究」を執筆、出版、30.000部のベストセラーとなる。「身の丈を超えるゴールを描き、シナリオを設定、不安を払拭して取り組めば夢は実現する。仕事とは自己鍛錬の場なり」と話す。
創業当時、サンプルを持ち込んだ店にことごとく断られた。なぜだろうと考えてみたところ、相手のことを何も考えていないことに気がついた。取引をすることで相手にどんなメリットがあるのか、また、自分にはこんなことができますという立場で話をしたところ、取引をしてくれるお店が増えてきた。
他社にできないことをやることで社会のニーズをつかむことができ企業は成長する。ミキハウスはなくてはならない会社を目指している。志、感動、夢など、目に見えないものが大事だ。創業36年、人気企業へと躍進したミキハウス社長のビジョンを聴く。
高度成長時代の1970年に会社を設立したのは、大阪万博に刺激を受け、将来必ずコンピュータの時代が来ると確信したのと、群馬県にはまだ情報系の会社がなかったから。その当時の群馬と東京の技術力は6年ほどの差があり、仕事のほとんどは東京まで営業にいき受注していた。そのころのコンピュータと今のコンピュータではその能力は約1000倍にも達し、人間にとって欠かすことのできないアイテムとなった。しかし、便利になった反面、危険なものにもなりつつある。情報が増加するほどその信憑性に問題も生じ、何が正しいかの判断は自らが行わなければならない。情報を取捨選択し、それを知るものと知らないもので、勝ち組と負け組みの差がより大きくなっていくのではないか。
オフィスビル等の管理事業から不動産仲介事業など多岐にわたる事業を展開する大成有楽不動産。林社長自身の経歴をもとに、「企業人になるとはどういうことか?をテーマに話す。会社に入るということは組織の一員になるということである。組織の一員になるためには、先輩や上司からの一方的な教育や指導に「我慢」しなければならない時期が必要である。20代がまさにその時期で、最前線で経験を積み、組織の一員として必要な知識を身に付けていく時期とも言える。30代では転勤などを経験し、やはり最前線でバリバリと働ける機会を得る。40代では管理職として組織をマネジメントする経験を積み、50代では、さらに上のシニアマネジメントを経験し、その後、60代では、会社経営に携わる立場を与えられる。「各年代で新しい仕事をする度に、自分の新たな能力に気づくことができた。そして、人生は楽しくなければ意味がなく、その人生の大半を占める会社人生も楽しくなければならない」と林社長は話す。
アフリカのスーダンで医療活動を行っている川原氏は、外務省医務官としてスーダン大使館へ赴任したが、内戦により荒廃したスーダンの人々が、満足な治療も受けられない現状を目の当たりにしたことから、2005年に医務官を退官し民間医療活動を始めた。
「アフリカで学んだことは、不可能だと諦めてしまうような困難なことでも、熱意を持って取り組めばきっと実現できる」「小さくてもいいから、自分の行動に誇りを持って、今できることを一生懸命やり通して欲しい」と講演の中で語った。
過去の実績
●不死鳥・谷沢健一のプレッシャー克服法/プロ野球解説者 谷沢健一氏
●がんの兵糧攻め/東京大学名誉教授 澁谷正史氏(上武大学学長)
●テレビの時間(テレビ報道の実態)/フジテレビ解説委員 大林宏氏(本学客員教授)